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夫婦で働きながらスキーを続けていきたい気持ちが地域との関係性づくりの先にあるビジョン
~「こんなところには住めない」と悟った厳しさを打破した理由とは~

北海道夕張市

今回は前川 えみさんに
お話を伺いました
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前川 えみ(まえかわ えみ)さん:Metcafe店主

大阪府出身。スキーが好きな夫の影響で雪質の良い夕張市へ移住。移住26年目。地域とのリレーションを築くことが地域で豊かな生活が送れる秘訣と語る。地域で行われるハンドメイド作家や地場産品を販売するイベントなどへ出展の際に雑貨販売とともにハンドドリップでコーヒーを淹れて顧客に提供を始めた。現在は地域内外にて無店舗型販売でコーヒーを飲んでもらう場を提供。営業時は自家焙煎コーヒーだけでなく自家焙煎の珈琲豆、手作りスコーン・パンを販売。山の自然小物や手作り布小物も取り扱う。

都会での移住相談会やワ―ケーションなど、移住に関するイベントが増えてくるようになりました。きっと昔の時代に比べると移住へのハードルが下がったのではないでしょうか。SNSやイベントがない26年前、つながりがほとんどない状態から地域に溶け込んで移住26年目のプレーヤーがいます。


今回はその地で四季折々の自然を感じながら、豊かな生活を送る前川 えみさん(Metcafe店主)がスキーを愛する夫の情熱に巻き込まれながら大阪から北海道夕張市に移住した経緯やその内面に光を当てていきます。


想いをもって移住しても志半ばで出ていく人もいる中、移住を考えている地域に溶け込めるか不安なアナタへ。前川さんのエピソードを通じて移住者が地域に根付く秘訣に迫ります。

不安と期待が入り混じり複雑な心境の中、雪質の良いまちへ移住する決意


前川さんの夕張への移住のきっかけはスキーだった。元々ウィンタースポーツにはあまり関心がなかったが、スキーを愛する夫の熱意で各地のスキー場を巡っていくうちにだんだん好きになったそうだ。


「『夫婦で働きながらスキーを続けていきたい』という希望がありました。ちょうど、主人と私の共通の友達が先に夕張に来ており、まちを紹介してもらったことをきっかけに移住することを決めました」(前川さん)


好きなスキーを続けたいという想いから移住を決断した前川さんだが、当初は子どもが生まれて、まだ10か月。北海道有数の豪雪地帯・夕張への移住は不安の方が大きかったと言う。


「ニュースで流れる猛吹雪の映像を見て、とてもこんなところに住めないと思っていました(笑)。主人と私の共通の友達やその友達に紹介してもらったスキースクールの校長先生以外のつながりはなく、当初は必死だったと思います」(前川さん)


旧産炭地時代に築かれた「一山一家」という共助の精神が、まちでポジティブに住み続けられる力に


最近は移住という希望を抱き地域へ入り込んでいく中で、移住に失敗した話題や地域との関係性がうまく築けずに住みづらくなっているケースもよく聞く。気候という厳しい条件もあるが、それ以前に人との関係性づくりにおいて前川さんはどんな形で地域へ入り込み、20数年もの間、豊かな生活を送り続けているのだろうか?


当然、様々な不安もあるだろう。そんな不安を抱えた前川さん一家を助けてくれたのが、地元の人の優しさだった。夕張市は元々炭鉱で発展したまちである。「一山一家(いちざんいっか)」と呼ばれる産炭地時代に根付いた炭鉱(ヤマ)で働く人すべてが、家族であるという強い連帯意識が人の温かさを生んでおり、よそ者も受け入れやすい風土が自然に醸成されていたのだ。


移住当時の前川さん一家


「『内地(本土)からかい?よく来たね~!』と雪かきの仕方を教えてくれたり、生まれて10か月の子どもをみんなで可愛がってくれました。子どもが保育園に行くようになってから他のお母さんとも仲良くなりました。また、スキー場で働くようになったことで友達もできました。人とのコミュニケーションを重ねることが住みやすくなった理由だと思います」(前川さん)


前川さんが移住したのは、インターネット環境やSNSが普及していない26年前。自らが積極的にコミュニティへ入り込んでいくわけではなかった。


「不安はありましたが、あまり焦ったらあかん(いけない)と思っていました。夏はメロン農家、冬はスキー場で働く中で感じたのは、メロン農家での仕事では一生懸命頑張ることでやりがいを得られて力がつきましたし、スキー場ではお客さんにも知り合いといった人に会えることで元気をもらえたことです。


仕事など大変なこともありますけど、毎日を楽しく過ごす。気が付いたら素敵なお友達がいっぱいできていました」(前川さん)


人との繋がりがほとんどない中、ローカルへ根付いていくのは難しい。まして都市部から地域へ拠点を移すことはコミュニティへの入り込み方も分からないと思うのだ。


そんな中で、地域の人たちが声をかけてくれることは、そこに住む人々の生活圏に入りやすくなる。これがあるだけでも地域の暮らし方に雲泥の差が出るはずなのだ。そんな些細な気遣いができる地域での日常生活での出会いが地域に溶け込む秘訣なのではないか。


まちのプレーヤーとの出会いを通して、好きなまちで新たな仕事を生み出し共感を得ることが続けられる源に


夕張に住んで約20年。メロン農家のお手伝いを離れたタイミングで前川さんに次の活動を始めるきっかけをくれたのが、地域のハンドメイド作家を繋いで物販やイベントプランナーを行っている菅原もと代さん(Yubari Crafts&Goods 代表)との出会いだった。


「たまたま旧夕張駅で菅原さんに出会い、お店を見せていただいたんです。私もハンドメイドが好きだと話すと、菅原さんはから『良かったらイベントに出展してみませんか?』と積極的に勧めてくれたんです」(前川さん)



菅原さんの後押しもあり、前川さんはイベントでハンドメイド作品を出展することができた。当時のことを前川さんはこのように振り返る。


「当初は『私でもいいのかな・・・』と不安な気持ちもありましたが、地域の人による地域参画の一体感を持ちながら、それぞれがものづくりに力を入れることに喜びを感じるととても楽しくて。気がついたら、周りの人たちも巻き込んで楽しい場がつくられていったんです」(前川さん)


イベントに出展後、ものづくりに対してさらに力を入れるようになった前川さん。それからしばらくするとコーヒーを淹れてくれる人を募っている話が周囲から出たという。


驚いたことに地域でチャレンジすることの楽しさを知った前川さんは「やってみたい!」と誰よりも早く手を挙げたという。


「聞いて驚くかもしれませんが、コーヒーに対する知識はほとんどなくて(笑)。手を挙げたときは、『素人なのにやりたいと言ってしまった!』とそんな不安がありましたね。でもそれはみんなとイベントを盛り上げて楽しめたらいいなという想いがあったからだと思います」(前川さん)


スタートアップの複雑な心境を打破したのは地域の人々の優しさ。感謝の気持ちを抱きながらその先に見えるものとは


スタートアップの段階から不安を抱きながらも、無店舗型のコーヒーをゼロイチから立ち上げるにあたってはとても複雑な心境だったことが伺える。しかし、いざやってみるととてもやりがいを感じるようになったという。それはなぜだろうか。


「コーヒーを飲みに来た人が美味しいって言ってくれたんです。とても嬉しくてその時の様子は今でもよく覚えています。友達も協力してコーヒー豆を焙煎してくれているので、関わってくれている人や来られる方に感謝の気持ちを込めて淹れるようにしています」(前川さん)


前川さんのコーヒーを淹れる場所には季節を問わず温かな雰囲気で包み込まれている。例えば極寒の中で行われた冬のイベントでは「初めまして!」「また来たよ!」と笑顔で声をかけてくれる人々の姿があり、冬の寒さを吹き飛ばしてくれるような温かい空間が広がっているのだ。


前川さんがコーヒーを淹れるコアな価値はどこにあるのか。ただ販売して収益を稼ぐことではなく、それは心を込めること。そして、足を運んでくれる人に対して感謝の気持ちを抱いていることではないだろうか?


「そうなんです。大切にすべきものは『出会いに感謝すること』です。人と出会わないとこんなことはできませんでした。お客さまも、企画を持ち込んでくれたイベントの出展者も日々感謝の気持ちでいっぱいです。


イベントは『何が起こるかな、どんな人に会えるのかな、どんな楽しいことが待っているのかな』という幼少期のようなワクワク感が持てる場所です!」(前川さん)



前川さんが持っている価値は、地域住民との交流で事前に築き上げられたコーヒーを淹れることが得意分野となり、そこからエネルギーが醸成されてさらにその過程であるハンドメイド物販にも力が入り表に出て行くことにも価値が見出されるほか、前川さん自身がその場にいるという三つの価値が生み出されているのではないか。


そして、地域住民との出会いに感謝する気持ちを忘れないことがこの地で人との関係性を創り、豊かな生活を送り続けることができるのだと感じた。


地域に住み続けられる当事者としてのあり方は「苦労も楽しむ」ことがマイナスをプラスへと変えられる精神に


どの地域でも同じことが言えることだろうが、志を抱いて地域に拠点を新たに持った先には、やりたいと思っていることはたくさんあるだろう。しかし、それはある程度の人口規模が必要で人口急減地域、かつ、超高齢化地域においてはそれなりの合意形成が必要である。


段階を踏まずにコトを進めると反発を招くのも必至であり、そこに堪えかねて志半ばで出ていく人がいるのも事実である。


しかし、長年この地に住み続ける前川さんは過去から現在にかけて、まちを出たいと思った事は一度もないという。まちを出ていく人と前川さんとの違いは何だろうか。


「今も苦労することは絶えませんが、この場所に住み続ける秘訣は、まちに対する愛着を持つことだと思います。そのためには、地域の名所へ積極的に出かけてみることではないでしょうか。1年間通してみると『この季節はあの場所がきれい!』だとか、『冬になると雪景色が最高!』と染み渡るような魅力に浸ることができているので好奇心を抱くことが結果としてまちを誇りに思うようになれるのではないでしょうか」(前川さん)


そんな考えを抱く前川さんだからこそ、「困難であっても楽しむ精神」で地域に溶け込んでいるのではなかろうか。


「冬の厳しい吹雪く日は『こんなところではもう住めない!』と思うこともありますが、逆に『これが晴れたら最高の景色が広がっているんだろうな』『スキーができて新たな出会いが楽しみ』とプラス思考でいると大変なことも忘れられるんです!雪かきも大変ですが、それも含めて全て楽しむようにしています」(前川さん)



閉じこもることなく地域の人たちに会いにいく積極性が何事もポジティブになれる原動力


前川さんから伺ったお話は、今後地域へ住むことを考えている人たちにとって、一つのバイブルになるように思える。重要なのは、どんなことがあっても移住した土地で出会った人たちへの感謝の気持ちを忘れないことであり、そこで住み続けるエンジンになっていくのではないか。


地域への移住で準備や資料を見ながら先入観を持つよりも、思い切った行動力と思いやりさえあれば、その土地で住み続けることができると思うのだ。その中で、この言葉は是非そんな人たちに伝えたい言葉として共有しておきたい。


「中に閉じこもっていないで積極的に人に会いに行ってみてください。感謝の気持ちを忘れずに接しながら、その人たちとコミュニケーションを大事にしながら楽しんで暮らすことです。例えば、いいところを教えてもらい、そこに行ってみると会話もはずむはずで寂しい思いも解消されます」(前川さん)



結び-Ending-

前川さんをインタビューしていて、どこか肩の荷が降りたような感覚がありました。「移住はビジョンや想いを持った人がすること」「ある程度のつながりがなければ移住先に溶け込めない」とそんなイメージを抱いていました。


想いを持った事業をしなくても、住んで生活していれば自然と周りの人とつながりもできる。最後の一押しで迷っている人は思い切って移住してみてはいかがでしょうか。

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■企画・著作

佐々木 将人 (Masato Sasaki)

就職を機に兵庫県から北海道に移住した社会人3年目。地域のお祭りのお手伝いなど楽しい活動を手がける中で人のあたたかさに触れ、人に興味を持つ。

【取材データ】
2023年1月13日 オンライン取材
【監修・取材協力】
Met cafe
・前川 えみ 様
取材にご協力いただきました関係各諸機関のほか、関係各位に厚く御礼申し上げます。

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