地域人史-Interview-

自分の人生は自分だけのものじゃない
〜誰かの嬉しいがめぐる、小さな会社のまちづくりへの実験と創発~
愛媛県松山市
今回は新居 総一郎さんに
お話を伺いました

新居 総一郎(にい そういちろう)さん
株式会社B-and-A代表取締役社長CEO/徳島県美馬市出身。大学進学と共に愛媛県松山市へ。今行っていることとしては大学在学中に学内外で出会った仲間と共に起業し、株式会社B-and-Aを設立。主に企業のSNSコンサルティングを主なサービスとして提供。他にもマーケティング部門にも力を入れている。SNSの運用にホームページ制作、デザイン制作・動画制作の4つの柱を立てて企業の売上に貢献していくことが目標。
「自分の人生は、自分だけのものじゃない」。そう語るのは、小さな会社を仲間とともに育てている新居総一郎さん。
かつては「個人で成果を出すこと」に惹かれていた彼ですが、多くの出会いや失敗、そして身近な人たちの笑顔に触れる中で、「誰かの嬉しいが自分の嬉しいにつながる」という大切な気づきを得ました。
数字や効率ではなく、人と人との信頼関係や感謝を大切にした“まちづくり”が、いま彼の挑戦の中心にあります。大きくなくていい、小さな変化でもいい。
人が前を向いて暮らせる場を、丁寧に積み重ねていく。そんな彼のストーリーは、これからの働き方や地域との関わり方に、やさしく問いかけてくれます。
チームから個人へ、好きなことを断念することで新たに拾ったこと。挫折がくれた成長の原点
「今日出社して1番最初に話したのは、経理の方に先週末に多くのタスクを投げてしまっていたことです。その仕事を任せて大丈夫だろうか、そういった内容です」(新居さん)
若手の社長、新居さんはそう言いながら社内のコミュニケーションの充実に力を入れている。上に立つものとして強いトップダウンといった一般的な企業とは違う印象だ。そんな新居さんの人生はどんな道のりだったのだろうか。
「僕は子供のころは少年野球をやっていて、小学校2年生から中学校3年生まで野球をやっていたんです。
そこから高校に上がるタイミングで、硬式に変わるのでバットも300グラムぐらい重くなるんですよ。実は僕、もともと小学校の時から腰に持病があって。
野球をやり続けることで持病が悪化して、バットが振れずに体を動かすことができなくなっちゃって。
結果的に野球を断念したんですよ。大好きな野球を断念して、どうしようかと考えた時に、喧嘩、強くなりたいって思ったんです。(笑)」(新居さん)

喧嘩が強くなりたくて、実戦型格闘技の極真空手と、少林寺拳法の2つを始めた新居さん。野球は「チーム競技」であることに対して、空手・少林寺拳法は「個人競技」で、ものすごくやりやすかったと話す。
のめり込んだことで、それなりの結果も出した。少林寺拳法は日本4位まで進んだこともあった。
祖母の笑顔が教えてくれた、人生は共有のもの。孤独な強さから共に在る価値を見い出す
自分の中の「チーム競技」と「個人競技」の違いは、無意識の中で感じる中で、起業後にもそれが影響しした。
「個人でやっている中で、個人の考えがいい」と進めて、社内メンバーに対して信頼していない言葉を使ってしまったり、チームビルディングに失敗。そこから「チーム」という既読意識を持つようになった。
ネガティブなことに共感し、ポジティブなことも一緒に喜んでくれる人が必要と話す新居さんは、今に至っては、「個人意識」よりも「チーム意識」に変革しているという。
それはこのように今までの人生で歩んできた道のりに強いインパクトがあったからではないか。新居さんは言う。「自分の人生は自分のものだけじゃない」と。
「少年時代、僕のことが新聞に載ったことがあって。その新聞を僕は保管していなかったんですが母がもらってきたんですよ。
新聞を取ってくれてた人は、なんと農家をやっている祖母で。軽トラの後ろに積んでくれてたんですよ、『これな、孫が載ってる新聞をみんなに自慢してるんよ〜』って笑顔で言ってましたね。笑」(新居さん)
あの時の祖母の笑顔を見て思うのは、自分が個人競技でやっているはずが、自分の残した結果が共有されることによって笑顔になってくれる人って、自分よりも他の人のほうが笑顔になると感じたと新居さんは話す。
自分がアクションを起こすことに関して、自分だけで処理できることはポジティブなこともネガティブなこともないと意気込む。

寒空のドラム缶と父兄の本音から「こんな大人になりたくない」想いを生み出す
かつては自分ひとりで成果を出せることに魅力を感じていた新居さんが、「個人の強さ」から「共に在る喜び」への深い意識に変化していく。その後、起業に至るまでどんなストーリーがあったのだろうか。
「小学校の時に少年野球をやっていた時期の話になります。参観者の中に父兄の方が来てくださるんです。
ある寒い冬の日にコーチが暖を取るために大きなドラム缶に火を焚いている時にそこに集まる父兄の方々が集まって世間話や本音を語っていたのを聞いたんです。
父兄の一人が明日も仕事かって愚痴をこぼしているのを見て辛そうだなと感じたんです。なんだか仕事って辛くて楽しさのない怒られてばかりなのかなと思うとこんな大人になりたくないなって思ったんです」(新居さん)
嫌な仕事はサラリーマンだったと偏見を持っていた新居さん。その原体験によって中学校まではサラリーマンを避けて通るなら資格で仕事していこうと思って工業高校へ進んだという。
教師を目指して進学した地域で、人からもらった感謝の言葉が導いた新たな道とは
松山には親戚や親しい友人はいなかったと話す新居さん。ではなぜ松山に来たかと言うと工業高校に進学したものの、卒業後の進路で電力会社に就職を考えていたのが高校の担任から教師の道を勧められて工業高校から大学というユニークなビジョンを描いていたのだ。
同時期に少林寺拳法を体得し世界一を目指したいと考え、四国圏内で工業高校の教員免許を取りながら少林寺拳法も続けられる場所を探し、結果として両親のいる故郷を離れて愛媛大学へ進学。
サラリーマンではなく手に職をつけるのでもなく教育者の道が面白いと考えた結果だったが、後に新たな転機が訪れることになる。

「大学に行くと皆さんは僕もそうであるようにアルバイトをすると思うんですけど、体を動かすのが好きだからフィットネスクラブでアルバイトをしていたんです。
給料って毎月口座振り込みでもらうと思うのですが、そこでインストラクターをしていた時に利用者にトレーニングを教えした時に感謝の言葉をいただき笑顔が返ってきたのがすごく自分の中で嬉しかったんです。
教育者から商い人へ。感謝を軸に変化した志と母の背中が導いた「人を笑顔にする」ためのビジネス
もしかしたら商売の本質って人に真剣に何かを提供することで感謝されてその対価としてお金をもらうことなんじゃないか。そして僕がやりたいのは教育者をやりたいのではなく商いではないのかという結論に至ったんです」(新居さん)
パーソナルトレーナーの資格を持っていた新居さんはそこから事業をスタートしたのだが、ちょうどその時期に母親が居酒屋を立ち上げた。
時間を追うごとに、その後ろ姿を見てもっとデジタルやSNSを活用してサポートしていきたいと今の業体に変化していったという。
誰かの笑顔を見たいから商いをすることを軸として意識している新居さん。それは会社内だけではなく、その接し方や道行く人たちにも意識づけができればと思っているのではないだろうか?
「そこは自分としてはネガティブじゃないですけど悲観的に考えてるところがあって。自分がいることによって接する人全てにその考えが通じるわけはなく限界があると思っているんです。
だから弊社のスタッフや顧客、そして弊社を通して出会った方ぐらいは自分のビジョンを届けていきたいと思っています」(新居さん)

人への投資が未来をつくるという信念は利益よりも感謝を重視する経営哲学に
「スモールでいいから社会を作っていく」。と話す新居さんには経営哲学が凝縮されている。10名ほどの小さな会社を経営する彼が目指しているのは、利益の追求だけではない。
「未来に恩返ししてくれる人になってくれるだろう」という仮説のもと、感謝の気持ちを“投資”として社員に送り続けている。
新居さんの言う“投資”は、一般的な物理的な設備投資とは違う。新居さんにとっての投資は「人への投資」であり、人の成長のために行うすべての支援ではないか。
ヒト・モノ・カネ・情報という経営資源の中で、最も本質的な価値を生み出すのは「人」。
会社は利益を生む装置である以上、人が活躍できる場でなければならない。どれだけ最新の設備を揃えても、動かすのは人。人の志がなければ、価値は生まれないはず。
「これからは、本当に価値のある情報と、そうでない情報が明確に分かれてくるのではないでしょうか。実は情報の時代にも疑問に思うことがあって。
ChatGPTなどAIが台頭するなかで確信するのは、やはり“人が価値そのもの”だということです。経験やノウハウという情報もまた、人が活用するための材料に過ぎないんです」(新居さん)
「体感する変化」を届けるために数字では測れない“笑顔の成果”を追う
新居さんの会社が掲げるミッションは「体感する変化をつくること」。クライアントの売上の変化だけではない。クライアントのお客様、その先の笑顔を生み出すこと。それが新居さんたちの存在意義であり、社会にとっての価値ではかろうか。
そのための方程式も明確だ。「課題がある場所に、遠慮なく提案し、起点をつくる」。その起点が、体感する変化を引き起こす。たとえば支援先のうどん屋に笑顔が増えた。それは数字では測れない、でも確かにそこにある成果なのだ。
「この方程式を言語化しようと思ったのは、自分たちが何者なのかをもう一度見直すためだったんです。ミッション・ビジョン・バリュー(MVV)を整理することで、バラバラだった言葉に一本筋を通す作業。キーワードは“人の嬉しい”だったんです」(新居さん)

不満・不便・不安の正体を見抜く力と漂う課題へのまなざし
社員一人ひとりが10人の“誰かの嬉しい”をつくれば、会社全体では100個の嬉しいが生まれる。その嬉しいが巡り巡って自分に返ってきたとき、人は本当に豊かになれるという。
スモールだが確かな社会の構築を続ける新居さんは、世の中には社会課題とか地域課題とか社内の課題など山積しているが、そういうものをひっくるめて「不」風だと訴える。不満、振り返る、不便。そういったものが課題ではないかと。
「課題って、誰かの困った、誰かの分からない、誰かのリテラシーが低いことによってまかり通ってるものが課題だと思ってるんですよ。
それを、人材使ってもいいですし、人材使わなくてもいいと思うんですけど、ただその一つのこの物体としてあるこのまちに対して帰属意識が高まることによって、まちづくりができるのかなと思ってて。
今自分たちが理解してるまちづくりを各々に頑張ることができれば、それがその課題解決になると考えます」(新居さん)
現在の新居さんから見るご本人の想い
新居さんは自社活動に加え、2024年2月からは立ち上げた「実践型SNSマーケター育成プログラム」を通して地域の人材育成にも注力。
知識やノウハウを共有し、参加者が自ら変化を生む“起点”になる人材を育成することで、地域全体の成長につなげようとする視点が伺える。
松山市でのUIターンを経て感じた新居さん。愛媛には挑戦者を支える土壌があると活動を通して表現する想いを胸に、新居さんは地域との関係性をさらに深めている。
また、SNSでも「仲間を大切にする経営」「地域創生」などを発信し続け、広く共感を呼び起こしており、今後の活動に注目していきたい。

結び-Ending-
新居さんは自分の主観的なところで言うと、自分が取っている行動に関して、「間違っていないのかな」とインタビューを通して再確認できることがあったと話してくれました。
それだけでなく人に話すことによって、「あの時そう思っていたのか」と自分自身で言語化できたときに、ひとつの自分の学びになるとも話してくれたことが私にとっても学びになったことです。

■企画・著作
中野 隆行(Nakano Takayuki)
地域での写真活動を機に
地域の人たちの価値観に触れたことがきっかけで
このメディアを立ち上げる
【取材データ】
2023年5月15日
【監修・取材協力】
株式会社B-and-A
・新居 総一郎様
取材にご協力いただきました関係各諸機関のほか、関係各位に厚く御礼申し上げます。本誌の無断転載を禁じます。
