空き家探してます!遊休不動産を資源に活用して遊び場をつくる
~余白が地域で生み出すビジネスチャンスの可能性とは~
茨城県大洗町
今回は佐藤 穂奈美さんに
お話を伺いました
写真左>佐藤 穂奈美(さとう ほなみ)さん:株式会社 Coelacanth(シーラカンス) 代表取締役
茨城県大洗町出身。早稲田大学文化構想学部卒。早稲田大学大学院 環境・エネルギー研究科卒。国際環境リーダー。
UR都市機構にて再開発のプロジェクトマネジメントや権利者調整、関連会社経営管理等の経験を経て、鎌倉のまちづくり会社エンジョイワークスへ転職。日本全国をフィールドに空き家再生事業のプロデュース、不動産ファンド、PPP/PFI関連事業のマネジメント、人材育成講座の作成・講師、コミュニティビルディングの仕事を経て2020年に茨城にUターンし、独立。
現在は、地元大洗にて「本を通じて、まちとひとを知る」というコンセプトの本屋、時々ブックカフェ「BOOK & GEAR焚火と本」を経営しつつ、「地域から価値をつくる」というビジョンの元、「ローカルでチャレンジしたい」「⾃分の価値観に根差した暮らしをつくりたい」というひとを応援するWEBサイトLOCALBOOSTERの企画・運営も行なっている。
写真右>平野 彩音(ひらの あやね):今回のモデレーター/大正大学 地域創生学部3年 町おこしロケーションタイムス インターン
全国的にも空き家問題は深刻で、昨今は空き家に関係するビジネスを始められた方も増えてきたように思います。
今回取材させていただいたのは、茨城県大洗町の佐藤穂奈美(株式会社 Coelacanth 代表取締役)さん。佐藤さんは2020年に地元である大洗町にUターンし、そこで会社を立ち上げられました。
佐藤さんはなぜ地元でチャレンジしようと思ったのでしょうか。また、どういった想いで活動されているのでしょうか。本記事では、起業された経緯や、事業に対する想いの部分に迫っていきます。
災害復興を機に、都市開発・空き家再生事業を経験。そして介護を機にUターンしまちづくりの仕事に携わることを決意
平野(モデレーター:以下、省略):佐藤さんが地元にUターンし、起業された経緯についてお伺いしたいです。
佐藤さん(以下、敬称略):私は生まれも育ちも茨城県大洗町(おおあらいまち)で、大学進学とともに上京しました。その後地元にUターンし、現在は株式会社Coelacanth(シーラカンス)の代表をしています。大学では地域と町の歴史の勉強をしていました。
私が大学3年生の時に東日本大震災が起き、大切な地元が被災したのをきっかけに、災害復興に関心を持ち始めました。
ですから就職活動の際は、日本で唯一災害復興の事業展開をしているUR都市機構(独立行政法人都市再生機構)に臨み、無事内定をいただきました。
入社してからは都市開発に携わり、華やかな世界で経験を積ませていただいたのですが、ゆくゆくは地元にUターンしたい気持ちがあったため、UR都市機構からの転職を決意。鎌倉を拠点に空き家の再生事業などに取り組む株式会社ENJOYWORKS(エンジョイワークス)にご縁をいただき入社しました。
転職後もう少し鎌倉で働こうと思っていた矢先、実家の家族に急遽介護が必要となり、名残惜しい中地元にUターン。当初は何も計画がありませんでしたが、いろいろな方のお力添えにより、現在は法人を設立し茨城県でまちづくりの仕事をしています。
平野:佐藤さんの周りでは、上京後にUターンされる方は多いのでしょうか?
佐藤:最近はUターンする方が増えてきていますが、やはり流出の方が多いですね。
ただ大洗町全体でみると、茨城県の中でもUターン率はとても高い方だと思っています。理由は大洗町が子供の教育に一番力を入れているからです。
幼い頃から地域とのつながりが強いので、上京後にUターンした時に感じる心地良さがあるのが特徴だと思います。
そういったことから、上京した人たちと地元の人をつなぐハブになる仕事がしたいと思い、大洗町での起業を決意しました。
まちづくりに「好きかどうか」は関係ない。地域を盛り上げる会社をつくったのは自分らしく楽しく生きるため
平野:佐藤さんから見た大洗町の魅力は何ですか?
佐藤:大洗町の魅力をお話しする前に、私の事業についてお話ししようと思います。私の事業は「大洗町が大好きだから来てほしい」という事業ではないんですよね。
率直な気持ちを話すと、茨城県が特別好きなわけでもないし、言ってしまえば東京も好きです。
私が自分の会社を立ち上げた理由は、自分が幸せに生きるためだけなんです。
先日創業にあたって、法人設立のお知らせに関する記事を書いたのですが、オランダの歴史家であるヨハン・ホイジンガの書籍の内容が興味深かったため引用しました。
それは「人間」の定義について。一番有名な話はホモサピエンスという概念なのですが、ほかにも説があります。一つが工作する人という意味のホモファーベル( *1)、もう一つは言葉を操る人という意味のホモロクエンス (*2)です。
*1 ホモファーベル
《工作する人の意。「ホモファーベル」とも》人間観の一。物を作る道具を製作することに、他の動物から区別される人間の本質的規定があるとする考え。ホモサピエンスに対する用語(出典:goo辞書)。
*2 ホモロクエンス
言葉を操る動物。言語操作人。言葉を持つ人の意。人と他の動物を分ける規準の一つ(出典:精選版 日本国語大辞典精選版 日本国語大辞典について)。
佐藤:さらに「人間はホモルーデンス(*3)である」という説もあります。あくまで言説ですが、私はホモルーデンス説に非常に納得しました。人間は遊びながら学び、成長してきたんだと感じています。
*3 ホモ‐ルーデンス
遊ぶ人の意。人間観の一つ。遊ぶことに人間の本質的機能を認める立場から人間を規定した言葉。オランダの歴史家ホイジンガの用語(出典:コトバンク)。
私たちは「遊び」に“ルール”を作り、みんなで守って運用してきたんです。極端な例ですが、人間からすると価値のある1,000円札であっても、サルからしたらただの紙切れになります。人間は、「通貨」としてのお金を信じている。だから通貨が成り立つんですよね。
そして私は「自分を含む周りの家族10人を幸せにする」というコンセプトで事業をしています。私は自分が楽しいと思うことや、やりたいと思うことを形にしています。だから私は大洗町にいても、自分らしく楽しく暮らしているだけなんです。そして周りの関わる人も含めて、人生を楽しむ人が増えると良いなと思っています。
平野:素晴らしいですね!私も将来事業を通し楽しく面白い地域にしたいと思っています。
今までの取材の中でこういったお話はなかったと思います。今回このようなお話を聞けてとても刺激を受けました。
目指すのは地域の仕事の多様化。新たな挑戦に本当の意味の「リスク」はなく、諦めなければ成功する
平野:地元に貢献しながら楽しく暮らしていくためには、ビジネスを通して、自分のやりたいことを実現する仕組みを作る必要性があると感じています。実際佐藤さんが独立を決めた大きな理由は何ですか?
佐藤:事業を通して仕事を多様化したいという目的のためです。
私が行っている事業の一つにLOCAL BOOSTERというものがありますが、これは事業の規模の大きさを問わず、自分で食べていける仕組みを作ることをゴールにしています。
自給自足の考えは、農家出身ならではかもしれません。地元に帰ってきた最初の頃は家族の介護もあったので、失業保険でしばらく生活していこうと考えていました。
そこでまずは自分の最低限の生活費用を計算したところ、私の場合は月数万円程度だったんです。そう考えるとアルバイトでも稼げる。つまり最低限の生活費用を得るのに、特に私に大きなリスクが発生しないのです。
万が一のことがあっても、日本には生活保護のシステムがあります。つまり稼げないから生きていけない、というわけではないと分かった時、皆が恐れる“リスク”って何だろうと思ったんです。つまりリスクとは今の生活水準などを維持したいということなのではないでしょうか。
私の祖父も起業家で、3回目の事業で成功しました。でも3回起業しているということは、先の2回は失敗しているわけなんです。何事もあきらめなければ成功するんです。あとは人間関係を大事にすること。まっとうに人に優しく生きていれば大きなリスクはないんですよね。
平野:独立することは大きなリスクがあると思っていましたが、もし失敗したとしても最低限の生活費があれば生きていける“物事を単純に考えること”がとても大切だと感じました。
佐藤:「自分がどんな状態であれば幸せといえるのか」を考えておくことは重要かもしれないですね。
新しい文化が生まれるのは、別々の価値観を理解しながら共存できる地域と人の風通しの良さ
平野:LOCAL BOOSTERさんの記事の中にある「コミュニティの新陳代謝」とはどういう意味でしょうか?
佐藤:私が一番楽しく過ごした鎌倉での日々を振り返ると、別々の価値観の人が同じ大きなコミュニティの中で共存していることが楽しさにつながったのではないかと思います。
東京から鎌倉までは動線が非常によくできていて、常に一定数首都圏からの移住者がいます。人が入れ替わることで新しい文化が生まれます。
保守的な町の人と新しい文化を楽しむ人たちは、一緒に過ごすことはないけれど、お互い違う価値観の人がいることを理解しています。価値観の違いを理解しながら共存し町全体の風通しをよくすることが非常に重要だと思っています。
茨城県は都道府県魅力度ランキング47位なのですが、日本で唯一自給自足できる地域とも言われています。例えばメロンやレンコン、卵、納豆など日本一の生産量を誇るものが非常に多くあります。つまりランキングの順位が低いことは豊かさの裏返しなのです。県内部が豊かであるため、県外に向けて魅力を訴求する必要がなかったと言えます。
ただそれが新しいチャレンジが起きにくい原因にもなっています。一次産業は強いけど、新しい文化を生み出すのは弱い。私は“遊び”や“文化”を作りたい人間です。だからLOCAL BOOSTERを運営したり、ほかにも自治体から請け負った移住・定住の事業に注力しながら、移住者の方向けの不動産事業などをしています。
自分がやりたい・挑戦したいことにおいて、社会でのどんなことでも価値ある経験になる
平野:さまざまな事業のお話をありがとうございます。私は将来、空き家における事業を行いたいと思っているのですが、経験しておいた方が良いことはありますか?
佐藤:私の話になりますが、初めに入社したUR都市機構での経験は今の事業に非常に活きています。ありがたいことに、茨城県をはじめ自治体の方々からお仕事をいただけているのは「話せる共通言語が多い」ことが大きいかもしれません。
将来事業をやりたいのであれば、事業会社に行く方が良いと思いますが、「絶対にこの経験が必要だ」ということはなく、どんなことでも経験になると思います。
平野:ありがとうございます。大変学びになりました。自分が生きることに関して、世間体を気にした考え方はそこまで重要ではないことを感じ、これからの挑戦に前向きになれました。
佐藤:私はこれからの10年で、さらなる事業展開のために会社を大きく成長させたいと考えています。
今回のお話の中に「幸せに生きるためにお金は必要ない」と聞こえてしまった部分があるかと思いますが、チャレンジがしやすい社会になればいいなという思いでお話ししました。私の場合は、「もし家族の環境がよくなったら、いつでも会社に戻ってきていいよ」と前職の社長が言ってくださったこともあり、安心して挑戦できたという側面もあります。
事業を成立させていくための収益は、私の事業がどれだけ社会貢献につながったかの指標になります。これからも手がける事業を大切にしていきます。
結び-Ending-
地域が好きだから地域のために動いているわけではなく、自分が楽しく幸せに暮らしたい気持ちで会社を立ち上げられた佐藤さん。そのお話がとても印象深かったです。
私自身は、地元である石川県加賀市が大好きで「何か地域のためになることがしたい」と常々思っていましたが、結局はそういった活動を通して、自分や周りの人を幸せにしたいのかもしれないと気づかされました。そういったプレーヤーが地域に増えることで、そこに住む人たちの幸福度も上がるのではないかと思います。
私と同世代の佐藤さんの頑張りに強い刺激を受けました。私も地元で頑張っていきたいと思わされる取材でした。
■企画・著作
町おこしロケーションタイムス編集部
【取材データ】
2022.4.25 オンライン取材
【制作スタッフ】
町おこしロケーションタイムス編集部
田中 美沙稀
【監修・取材協力】
株式会社 Coelacanth(シーラカンス)
LOCALBOOSTER
佐藤 穂奈美 様
取材にご協力いただきました関係各諸機関のほか、関係各位に厚く御礼申し上げます。