「農」という言葉を聞いて思い浮かべるのはどんなものでしょうか。例えば、『私は「農業」を営んでいます。』という言葉をよく聞くことから、「農」に関する仕事と言われて一番先に思い浮かぶのも、やはり農業です。
しかし、どうでしょう、農業、農家、農耕、農機具、農産物、酪農、半農・・・
「農」に関する仕事というのは、思っている以上に世の中に多く存在しているものですよね。今回ご紹介するのは、富山県朝日町に移住し、農業を中心に仕事をしているムハマド ワフィ(以下、ワフィ)さん。
取材の中から見えてきたのは、多様な「農」の捉え方から、しっかりと地域に溶け込んで暮らしを楽しんでいる姿でした。
ムハマド・ワフィさん
ムハマド ワフィ(Muhammad Wafi Bin Azizul)さん:富山県朝日町移住3年目/マレーシア出身。留学をきっかけに来日。北海道の北見市の北見工業大学で工学を学び、その後は富山県の富山大学へ進学。情報系の会社へ就職したが農業をしたい思いが強くなる中、テレビ番組で、総務省の「地域おこし協力隊」制度を利用して地域へ移住できることを知り「農業×富山×協力隊」で探していたところ朝日町とマッチング。生産だけでなく、イベント等で地元で採れた野菜を使って作るマレーシア料理を販売したり、得意な情報分野の知識を活かしてSNSでの情報発信にも力を入れている。
公式LINE(LINE)
Wafi Azizul Otoko Kampung(Facebookページ)
https://www.facebook.com/wafiazizulotokokampung
wafiazizulotokokampung(Instagram)
移住のきっかけはテレビ番組
留学をきっかけにマレーシアから日本へ来たワフィさんは、工学を学び、卒業後は情報系の企業へ就職。働きつつも「日本の農業を学びたい」という思いがあったのだという。
ワフィさん(以下省略)「農業を勉強したいけど、学校とかじゃなくて、農家さんから直接学びたいなと思っていました」
その時に偶然知ったのが総務省の『※地域おこし協力隊』制度を利用して地域へ移住する人たちだったのだそう。
※地域おこし協力隊(ちいきおこしきょうりょくたい):人口減少や高齢化等の進行が著しい地方において、地域外の人材を積極的に受け入れ、地域協力活動を行ってもらい、その定住・定着を図ることで、地域での生活や地域社会貢献に意欲のある都市住民のニーズに応えながら、地域力の維持・強化を図っていくことを目的とした制度である(wikipediaより)。任期は最長3年間で、自治体の管理する物件(家賃込み)や、クルマが無償で貸与されることが多く、在任中は毎月給与も支払われる。
「テレビ番組で知ったんです。地域にちゃんと入って、コミュニケーションとりながら、活動している移住されている人たちを見て興味を持ち始めました」
地域おこし協力隊というのは国の定めている制度の名称であり、全国各地で様々な活動を行っている。ワフィさんは興味のあった「農業」分野で募集していた朝日町に応募。
行政を経由して地域に移住すると「地域の人」として活動することも時には求められるが、マレーシアから来たワフィさんは「日本」の「地域コミュニティ」に入ることに抵抗はなかったのだろうか。
「全然ないです。大歓迎でした。日本で勉強しているのに、なかなか日本人との交流が少なくて、それがもったいなくて。もう少し触れ合いたいなと思っていたんです。朝日町に来て3年目ですが、改めて思うのは都会には仕事はたくさんあるけど、住みたくはないなと思います」
ニコニコと話すワフィさんは確かに親しみがあり、とても話しやすい。そんなワフィさんだからこそ朝日町の人々に馴染んでいるのだろう。でも移住1年目はとても苦労したのだとか。
「1年目はアパートに住んでいたこともあって、地域との関わりは少なかったんです。でも農園のオーナーさんが、知り合いで和太鼓をやっている人がいるので参加しないかと誘ってくれたおかげで、地域の人との関わりができはじめました」
他にも、関係者を紹介してくれたり、他市町の移住者と繋いでくれたりといった朝日町に住む地域のキーパーソンからのサポートも多くあったり、地域で開催された持ち寄りのごはん会では地域の同年代の人とも知り合いになれたという。
朝日町は移住者同士もお互いに協力し助け合うコミュニティがしっかりしている。
例えば「JTB感動の瞬間100選」に選ばれた「春の四重奏」のイベントでは、各分野で地域活動をしている移住者が集まり、「朝日町の地域おこし協力隊」というのぼりを立てて出店。
現在、ワフィさんが住んでいる一軒家も自治体が管理している元は移住者(現在は独立して町に定住)が住んでいた家だというのだ。
「朝日町だけじゃなくて、富山県全体の移住者の繋がりもあります。SNSで『※Like!とやま~富山県地域おこし協力隊ネットワーク~』というグループがあって、移住者同士で連絡をとったり、イベントなどがあれば手伝いに行ったり、交流をしていますね」
※Like!とやま ~富山県地域おこし協力隊ネットワーク~(Facebookページ)
https://www.facebook.com/LikeTOYAMA/
地域という垣根を越えて横のつながりがあるというのは、時には励まし合い、時には助け合う、心強くて強固なものがある。都会から地域に移住することが注目されている今、そこを繋ぐ役割がさらに必要となってくるだろう。
農業の楽しみのひとつは成長の過程を見ること
夏の炎天下の中、湿度も高くなったビニールハウスで、倒れたキュウリのツルを一生懸命引っぱり起こしている話題になったとき、ハウス内の温度について話してくれたワフィさん。ある夏の日にハウス内で撮った温度計の写真では、気温がなんと「37.8℃」を示していた。
「これはまだ低い方です」
暑いときは40度を超えるのだとニコニコと笑いながら話す。そんな過酷な環境の中での作業の大変さは想像以上だろう。写真を撮影したカメラマンの「1日立っているだけでも汗だくで大変だった」という言葉と、ワフィさんのTシャツが汗でグラデーションになっていることがそれを表している。
大変だというイメージのある農業だが、ワフィさんはどのように捉えているのだろう。
「2年間農業をしているけれど、全部の作業が大変というわけではないです。もちろん大変な作業もあるけど、それを乗り越えれば、植物が育つところを見れるし学ぶこともできる。興味があるから楽しんでいます」
現在は販売するところまでは携わっていないというが、収穫した野菜を地域の産直販売所「※まめなけ市場」で販売したこともあったそうだ。まめなけとは朝日町の言葉で「元気ですか」という意味。まめなけ市場は朝日町の良いものが揃う直売所だ。
※まめなけ市場(Facebookページ)
「インターネットで、自分で作った唐辛子等を販売しているけれど、これはまだまだこれからですね」
今後はこういった香辛料などの販売を、インターネットで行うことにもチカラを入れていきたいのだとか。
作物を作るだけでなく、地域のひとに共有する場を提供する試みも
販売するのは育てた農作物だけではない。マレーシア出身のワフィさんは辛いものを作るのが得意。辛くておいしいマレーシア料理を作ってイベントで提供することも。
「去年は確か5回くらいイベントでマレーシア料理を出しました。お客さんは友だちや知り合いが多いのですが、わざわざ富山市などからも噂を聞きつけて来てくれたんです」
とても嬉しそうに話すワフィさんは、今後マレーシア料理の販売も検討しているそうだ。そして料理だけでなく、できれば販売したいのがマレーシア料理に欠かせない、唐辛子でつくるサンバル。何にでも合わせたくなる激辛激ウマな調味料だ。
ワフィさんが作るサンバルは大好評なのだとか。加工場所や食品衛生など超えなくてはいけない課題がたくさんあるが、もしチャンスがあれば挑戦したいと話す。
「※サンカクヤでマレーシアンナイトというイベントもやりましたよ」
サンカクヤとは、朝日町の中心部の泊駅の近くにあるレンタルスペース。もとは旅館や食堂として長く地域の人に親しまれた建物をリノベーションし、誰もが楽しみながらチャレンジできる場所になっている。名前は参画するという意味からつけられたのだそう。
自分の必要な農作物を作りつつ、さらに活動もさらに広げていく姿
ワフィさんが移住で活用した「地域おこし協力隊」制度の任期は最長3年だが、それ以降は、就職、起業、など自分自身で道を切り開いていくことが必要だ。任期満了後は独立に向けて、今までの活動を活かし、スマート農業などを取り入れながら地域で楽しく生活していきたいとも話す。
スマート農業とはロボットやAIやIoTなどの先端技術を活用した新しい農業を目指す取り組みで、近年注目されている。大学で学んだ情報工学の知識が最大限に活かせるのではないだろうか。
「今は、農業をしながら、その様子やイベント、取材などの情報、そして農園のオーナーさんの農産物が販売されている場所や、マレーシア料理の写真などをSNSで投稿をすることが多いですね」
InstagramやFacebookなどのSNSで情報発信をしているワフィさん。写真などや掲載がおしゃれでとても見やすい。ライブ動画なども配信をしている。多方面で収入を収入を得られるように向けて挑戦しているのだとか。SNSのフォロワーの多くはマレーシアの人。
これをきっかけに日本に興味をもって、朝日町に訪れてくれる人も増えることが期待できそうだ。
「就農など、農業だけというよりは、マレーシア料理の販売をしたり、情報発信をしたりしながら、自分なりのやり方で農業と関わり続けていきたいです」
マレーシア料理の販売については、店舗での販売やキッチンカーなど、様々な方法を検討しているそうだ。食品衛生の資格を取得したり、今できることから準備をすすめている。
「料理には、自分が作った野菜だけではなくて、朝日町で作られているものを使いたいと思っています。もう少しイベントなどで販売しながらニーズを把握して、今後どうするかを考えていきたいです」
朝日町には移住して町で活躍している先輩も多数いる。そんな頼もしい先輩の姿を見たり、話を聞いたり、相談したりしながら、今後どのように朝日町で暮らしていくかを考えているのだそう。
この町が好き。だから朝日町で暮らしていく
朝日町に来て3年目。今年で活用している「地域おこし協力隊」制度は任期満了となる。任期満了後や、途中で他の町へ移ることを決断する人もいる中で、ワフィさんはきっぱりと今後も朝日町に住みたいと話した。
「1年目は定住とかちゃんと考えていなくて、周りに迷惑をかけたこともあったけど、3年目になって、今は朝日町に定住するために、じゃあどうしたらできるかなって考えるようになりました」
ワフィさんはマレーシアから来ていることもあり、「ビザ」という壁も超えなくてはいけないと話す。そのためには農業だけではなく様々な課題を解決する必要がある。「朝日町に暮らす」ことに真剣に向き合っている姿が垣間見えた。
「朝日町は『ふるさと』みたいに思っています。これからもこの町で楽しく暮らしていきたいなって思うんです」
とても分かりやすく簡単な理由なのだが、これに尽きるのではないだろうか。朝日町では、移住者だけではなく、地域の人も頑張っている。ワフィさんの朝日町との関わりのきっかけは「移住」という手段だったかもしれないが、ワフィさんは今やもう朝日町に欠かせない地域の人だ。
ワフィさんは、JAの青年部や消防団などの活動にも、町のためになるならと気軽に積極的に参加をしている。そんなワフィさんだからこそ、朝日町を愛せるのだろう。地域の人からも愛されているのもそのことが大きいはずだ。
「僕は朝日町のことが好きです。「地域おこし協力隊」任期満了までの時間も、任期満了後も、朝日町で活動したいと思っています。だから、ぜひ活動を応援して欲しいです。そして、今まだ知らない朝日町のいろんな人とも繋がっていけたらいいなと思っています」
朝日町の人へ向けてワフィさんはそう話した。最後に、これから朝日町に来たいと思っている人へ向けて素敵なメッセージをもらった。
「朝日町には、いろいろな文化や知られていない場所やモノがたくさんあって、僕は朝日町にやってきて、そのような魅力を知ることができました。小さい地域だけど、意外といろいろ楽しいことができます。ぜひ朝日町に遊びに来てみてください」
現在はSNSで、マレーシアのフォロワーに向けて、朝日町の魅力も発信している。マレーシアから来てくれる人がもっと増えてほしいと話した。
「朝日町に人が来る流れをもっとつくりたい。朝日町のためでもあるけど、自分自身のためでもあるから」
編集後記
取材をしている中で、不安がないわけじゃないと話していたワフィさんですが、無理なくリラックスして、良い意味で肩の力を抜き、自然体で地域と関わっているように見えました。
しっかりとひとつひとつがんばって活動する姿は、こちらもがんばろうと自然と元気をもらうことができます。
そして、ワフィさんは自然と活動を応援したくなるような、ふんわりとした優しい雰囲気と魅力を持った方です。気になるアナタ、ぜひ朝日町に会いに行ってみてはいかがでしょうか。
Writer:がのちゃん
元地域おこし協力隊。現在は地域コミュニティの活性化や起業者育成などの事業に携わっています。好奇心旺盛な平和主義者です。
【取材データ】
2020.12.31 富山県下新川郡朝日町(※オンライン)
【取材協力】
・藤田農園
取材にご協力いただきました関係各諸機関のほか、関係各位に厚く御礼申し上げます。
※オンライン以外での写真はコロナ渦前のものです